私たちは「大峰山女人禁制」の開放をもとめます

トップへ
女人禁制って
こんなことやってます
会の紹介
活動内容
活動報告
署名にご協力ください
こんなご意見頂きました
カンパのお願い
リンク集
私たちは「大峰山女人禁制」の開放をもとめます

こんなことやってます
こんなことやってます
活動報告
2011年10月9日田中利典さん(金峯修験本宗宗務総長)インタビュー
「大峰山女人禁制」の開放を求める会(以下「求める会」)は、「女人禁制」の開放運動の一環として、「大峰山」を維持管理する関係者と「話し合い」をしたいと希ってきた。
 そしてこの度、三本山の一つである金峯山寺の金峯修験宗宗務総長である田中利典さんへのインタビューが実現した。日時は2011年10月9日10時から。場所は金峯山寺宗務庁であった。
 当日、「求める会」の世話人4人が宗務庁応接間において田中さんに聞き取りを行った。同日の夜は蔵王堂で歌舞伎が催されるため、その準備等忙しいなかで約1時間半にわたって話を聞くことができた。
 以下は、そのときの聞き取りの「要約」で、後日、田中さん自らに手を入れていただき、ホームページ掲載の許可をいただいた。
☆☆☆☆☆
田中利典さん(金峯修験本宗宗務総長)のインタビュー(要旨)
・2000年の役行者千三百年御遠忌を、醍醐寺・聖護院・金峯山寺の修験三本山が合同で協力して迎えるために、三本山での協議が始まり、合同法要や役行者特別展覧会などいろんな事業を行ったが、その中の一つとして大峯山の「女人禁制」の問題を協議した。論議する以上、開けることが前提でなければ論議にならないということがあった。
今となって考えると、「女人禁制」はまず「内部」の問題を大事にすべきなのに、「外部」の問題を優先した感じがする。そういう意味では「内部」の意見を充分に確立できずに乱暴な提案になって、洞川や役講社の理解が得られないままに、頓挫した。そのときは、開放するための「声明文」まで用意したが、結果的に頓挫したのは「役行者の神慮」が働いたと思っている。
・大峯信仰は第一義的には「大峯山」修験の信仰を守ることだと考えるが、大峯信仰のアイデンティティーには「女人禁制」が持つ山上ヶ岳一帯の非日常性や、歴史性による聖地性が強く影響している。そう言う意味で現在の大峯信仰は「女人禁制」をはずして聖地性が保たれるとは思えない。
富士山に登って感じたことであるが、「女人禁制」を解いたために大衆化が進みすぎ、信仰の山から観光の山となり、神さびたものや聖なるものが人々から失われたのではないだろうか。明治以降の欧米化による日本人の価値観の変容には、一神教及び近代化によって聖なるものを俗化させた弊害がある。個人的には、女性がいないというコスモゾーン(宇宙観)の存在の大きさを、そのときに感じた。これは宗教上の問題であるだけに、「女人禁制」をなくすことには、信仰上のアイデンティティーを損なう恐れを感じる。聖地性を保つためにも、継続する方がいいと今は考えるようになった。
・「大峯山」に関わる人の思いからすれば、大峯信仰が守られてきたひとつの要素として、女性がいないコスモゾーンによって聖地性が保たれた部分は否めない。大峯信仰は、欧米的な自由平等や人権、男女差別、あるいは金銭的な問題からのアプローチよりも、宗教性、地域性が育んできた風土に意義があると私は思っている。
13年前、信者の減少などの問題を視野に入れ女性信者への開放も考えたが、グローバリゼーションの行き詰まりや近代という幻想が暴かれた今、霊山の持つ宇宙観・信仰の観点から考えることが重要だと思っている。
・私自身は「大峯山」の「女人禁制」をどうすることが修験信仰にとって大事なのか、開ける開けないの問題を通じて真剣に向き合ってきたつもりである。明治政府の政策によっても「女人禁制」を解くことがなく、2000年の役行者御遠忌を前に「女人禁制」について三本山と大峯山寺で協議したが開かれなかった。それらの結果は、最終的にはご本尊と役行者が決められたことだと思っている。
大峯信仰が今日も受け継がれていることは奇蹟であり、人間の都合のようなもので「女人禁制」を解いていいのかと考え続けている。富士山だけでなく、月山、彦山、白山などの聖地性が消えていくのをみても、「女人禁制」区域があることで信仰や聖地性が保たれ、大峯信仰が続いている現実は、「女人禁制」を「神慮」の結果だと思うようになった。
・ジェンダーや人権という外からの声ではなく、信者から「女人禁制」に声が上がったときはまさに内部の問題として考えなければならないだろう。現在、本宗の教師は男性51%、女性49%であり、教師の資格を取っている女性は他の伝統教団よりもはるかに多いし、宗教儀礼や修行会にも男女が同様に出仕(参加)していて、宗門自体が女性を排斥しているわけではない。「女人禁制」の問題も宗門の女性の多くが是として受け入れているように感じる。もちろん少数だが、山上ヶ岳に登りたいという女性もいるが、このままにしてくれという声が多いようだ。決して、女性の声が出てきにくいということはないが、女性修行者にとってどうなんだということは大切に考えなくてはいけない。
・「女人禁制」区域だけでなく、聖地性は大峯連山全体にあるものと私は考えている。蔵王堂も「女人禁制」ではないが聖地性をもっているし、だれでもいつでもお参りするところ、すべての人に蔵王権現の御利益を授けるところとして、役行者は山上に対し、山下の蔵王堂を建立された。ただし現在の山上ヶ岳は「女人禁制」を解いたら俗化が進むだけで、聖地性は損なわれるし、大峰信仰自体を廃れさせていくのではないかと考えるので、「女人禁制」を解くべきではないだろう。
・奥駈道の荒廃は20年前ぐらいから顕著になった。憂慮しているだけでなく、行政にも働きかけて年一回、修験寺院と行政との保全のための協議会を持っているが、なかなか保全活動は進まないのが実情である。靡きの整備にしても国立公園内なので、環境省に伺いを立てなければならず時間がかかる。非力な自分の力だけでは限界を感じる。

・トランスジェンダーの方は、宗内にもおられる。得度されたときは男性だったが、教師資格を取る修行を終えられたときは女性として振る舞われていた。これらの方の「女人禁制」との関わりについては答えを持っているわけではなく、神慮が決めるのではないかと考える。
☆☆☆☆☆
 聞き取りの後の「求める会」の感想としては、前回の福井良盟さんの「男の甘えを許してほしい」にはあぜんとなったが、今回は田中利典さんの「神慮」ということばに驚いた。「女人禁制」を維持するための「方便」であろう。水戸黄門の「印籠」のように思えたものだ。ただし、水戸黄門は悪事を退治するときに使うが、田中さんの「神慮」は、「女人禁制」の開放を求めるわたしたちの運動を“退治”する?……。
「男の甘えを許してほしい」とか「神慮」という言い訳や理由が語られたが、「大峰山女人禁制」の開放に向けて、今後も「大峰山側」の方々とさらに話し合いを続けたい。
(2012年 1月 10日 [火曜日])
福井良盟さん(竹林院住職)との話し合い 
 「大峰山女人禁制」の開放を求める会は、「女人禁制」の開放運動の一環として、「大峰山」を維持管理する関係者と「話し合い」をしたいと考えてきた。その「大峰山」を維持管理するのは、寺院と信者組織からなっているが、寺院は、三本山(聖護院、醍醐寺、金峯山寺)と五護持院(龍泉寺、喜蔵院、東南院、桜本坊、竹林院)である。
 そしてこの度、護持院の一つである竹林院の住職福井良盟さんとの「話し合い」が実現した。日時は2011年4月23日11時30分から、場所は竹林院である。桜の名所として有名な奈良県吉野郡吉野山にある竹林院は、旅館を経営している。「話し合い」は、当旅館での昼食を兼ねて行うことになり、世話人会8人が参加した。千利休の作庭と伝わる庭園「群芳園」はちょうど桜が舞散る美しい季節でもあった。わたしたちは、「群芳園」を散策した後、旅館内の一室に通され、住職の福井さんとの「話し合い」が始まった。「住職の服装にしようかどうか迷ったが、その姿だと威圧感があるかもしれない」といわれ、ジャケット姿だった。
 「食べながら聞いてください」
という福井さんのことばに、わたしたちは箸をとりながら「話し合い」をした。ちなみに昼食には懐石弁当をお願いした。
 以下、1時間20分間にわたる「話し合い」の要旨は、後日、以下のようにまとめ、福井さんにも読んでいただき、HP上に載せる了解を得た。
 なお、竹林院の寺伝によると、竹林院は聖徳太子が開創し、その後、名称が変わったりしながら1385年に現在の名称の寺院になったという。しかし、1868年の「神仏分離令」に伴い、1874年に廃寺となったが、その後、天台宗の寺院として復興し、戦後の1948年、新たに施行された現在の「宗教法人法」のもとで修験道系統の単立寺院となったという。つまり三本山とは宗派関係のない修験道の寺院である。


∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
福井良盟さん(竹林院住職)との話し合い
               2011年4月23日(土)11:30〜12:50  於:竹林院

・組織に関して
  竹林院だけは本山に属さない
   金峯山寺―東南院、桜本坊
   醍醐寺―龍泉寺
   聖護院―喜蔵院
・1997年のスクープに関して
  2000年に「女人結界」の撤廃を決定
  三本山が協議し、五護持院は承認した
  スクープによって、「女人禁制」はそのままになった
スクープ以来、「女人禁制」について話し合っていない
・「女人禁制」に関して
三本山は開放、五護持院は現状維持
役講(とくに堺の八役講)の開放への絶対的な反対がある
  役講の役割(戸開け式など)が重要なので、その意見を聞かねばならない
信者は、「女人禁制」の開放に納得していない
開放するのに100年はかかる
・修行に関して
  女性がいると修行できない
  女性をケガレとは思っていない
男性登山者については、「アルプス」といい、無視するようにいわれた
15歳の新弟子には、女性がいると修行は無理である
  山の聖地性を認めてほしい
  男の本能かもしれない
  「女人禁制」については、「甘え」論で許してほしい
・女性信者に関して
  男性と女性の信者が、同じ物を着るのはいかがなものか
  女性信者はほとんどいないし、連絡のとりようがない
信者募集のちらしなどに連絡先が書いてあるので調べられたらいい
50の講のうち3~4の講は女性の行者がいる
・地元の女性に関して
  開放するなと泣いて訴えられた
  女の涙には弱い

∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞

「話し合い」後、わたしたちの感想は、「女人禁制」に対して、まったく前向きでない福井さんの態度に失望感があった。
 「男の甘えを許してほしい」
といわれたときには、箸も止まり、唖然としてしまった。
 2003年、わたしたちが運動を始めた当初に、「男の甘え」という人もいた。そして今回、改めて関係者のひとりから、同じことを聞いたのである。それは、「女人禁制」への「男の観念」が依然として変わらないことを直に聞き取ったということである。男性には、「体のいい言葉」であろうが、「開き直り」と理解するほかない。
 「大峰山女人禁制」の開放を求める道は、このような陋習(いやしい習慣)に染まってきたとされる男性ジェンダー意識に男性自身がいかにして気づくのかという問題を提起したいと思う。また、男性だけではなく、あらゆる人の平等な世界へという願いに、関係者すべての人がいかに目覚めるのかという問題提起でもあるのだ。
 福井さんとの「話し合い」には失望感があったが、「大峰山」側の寺院関係者との「話し合い」はこれからも続けたいと考えている。
2011年 10月 1日 [土曜日]
〜新たに「女人禁制」を問う本〜発刊!シンポジウム開催
日時 2011年3月21日(月)13:00〜16:30(受付12:45〜)
場所 奈良県中小企業会館 小会議室
近鉄奈良駅1番出口徒歩3分
(奈良市登大路町38−1 TEL:0742-26-6602)
資料代 500円

『「女人禁制」Q&A』出版から6年。「大峰山」側からの開放への動きはまったくありません。私たちはこのたび、新たに「女人禁制」を問う本(『現代の「女人禁制」―性差別の根源を探る』解放出版社)を出版しました。
2009年、「女性差別撤廃条約委員会」からは、文化や慣習など女性を排除する差別を撤廃するよう勧告を受けています。
みなさまの意識が世論をつくり、性差別に基づく文化や慣習を変える力になります。どうかたくさんの方の参加をお願いします。「女人禁制」についてともに考えませんか。
2011年 3月 5日 [土曜日]
お詫びと訂正2
 本会の共同代表である源淳子編著『「女人禁制」Q&A』(解放出版社、2006年5月20日 )初版第2刷の194〜195頁見開きの写真(木津譲氏提供)の説明が間違っていました。正しくは以下です。

「女人禁制」の結界石(右)と結界板(兵庫県淡路市船木の石上(いわがみ)神社で)

 読者及び関係者のみなさまに多大なご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げますとともに以上のように訂正していただきますようお願いいたします。


『「女人禁制」Q&A』編著者 源 淳子
           「大峰山女人禁制」の開放を求める会
(2009年 12月 10日 [木曜日])
お詫びと訂正
 本会の共同代表である源淳子編著『「女人禁制」Q&A』(解放出版社、2005年9月30日)初版第1刷の194〜195頁見開きの写真(木津譲氏提供)の説明が間違っていました。正しくは以下です。

 現在は取り払われた「女人禁制」の結界石(右)と結界板(兵庫県淡路市船木の石上(いわがみ)神社で)

 読者及び関係者のみなさまに多大なご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げますとともに以上のように訂正していただきますようお願いいたします。
 なお、第2刷本(2006年5月20日)からは上記のように訂正されています。

『「女人禁制」Q&A』編著者 源 淳子
           「大峰山女人禁制」の開放を求める会
             
2009年 9月 19日 [土曜日]
結成5周年記念シンポジウム開催
 2007年12月15日、奈良市男女共同参画センターで、「大峰山女人禁制」の開放を求める会の5周年記念シンポジウムを開催。3人のパネリストの発表とディスカッションを行った。
安里英子さん「沖縄の古層文化と女性―薩摩以降の変化―」
琉球弧の島々では、古来女性主体の祭祀をもち、ある年令に達した女性は神女になる。ウタキと呼ばれる聖地は男子禁制だった。しかし、薩摩の侵入は、ヤマト化、父権的となり、さらに明治以降の公民化政策は、男子禁制の文化を伝統行事の中に追いやり、文化の主体は男性主導に変化した。ジェンダーの視点からの男子禁制については今後の課題。
方清子さん「『女人禁制』と戦時性暴力に見る女性支配」
日本軍「慰安婦」とされた女性たちは、人間としての尊厳を奪われた。「女人禁制」と「慰安婦」問題との関係は、女性を男性支配に従属させるための排除と差別である。戦争や基地における女性への性暴力も女性差別である。
畑三千代さん「女はあかん、聖域がけがれる!?」
女性が土俵に上がれない背景にもケガレ意識の存在を指摘。内舘牧子著『女はなぜ土俵にあがれないのか』から、相撲を「国技」、土俵を「聖域」と意味づけ、ケガレ意識や差別意識への無批判、土俵の「女人禁制」を女性差別としない点を指摘・批判。

3人のテーマから、ジェンダーによる女性への人権侵害を指摘された。2003年欧州議会の「機会均等委員会」でカラマノフ委員長の「いかなる伝統・慣習も人権より優先するものではあってはならない」に共感し、闘いの輪を広めることを確認し合った。
2008年 5月 25日 [日曜日]
「大峰山女人禁制」の開放を求める会結成5周年記念シンポジウム開催!!
「大峰山女人禁制」の開放を求める会では、結成5周年記念シンポジウムを開催します。

 2007年12月15日(土)13:30〜16:30(受付13:00〜)
     あすなら 奈良市男女共同参画センター 大会議室
     (JR奈良駅西出口下車すぐ)◇資料代500円◇

 メインテーマは、『「美しい国」が排除するもの』〜マイノリティ・人権の視点から「女人禁制」を問う〜です。
シンポジストは、次の人たちです。たくさんご参加ください!!

*安里英子さん 
   「沖縄の古層文化と女性−薩摩以降の変化−」
*方 清子さん 
   「『女人禁制』戦時性暴力に見る女性支配」
*畑三千代さん 
   「女はあかん、聖域がけがれる!?」

問い合わせ 090−3659−0064
2007年 9月 1日 [土曜日]
2007年の活動予定・・・
「大峰山女人禁制開放を求める会」では、2007年新年に世話人会を開き、今年の活動について決めました。
一つめは、直接「大峰山」と関係ないようにみえるけど、わたしたちの力をつけるという意味で学習会をするということ。二つめは、今後の課題でもある『「女人禁制」Q&A』で残された問題(沖縄・アイヌ・韓国などの女人禁制)を考え、『「女人禁制」Q&A』の続きになるような冊子の発刊をめざすこと。三つめは、秋頃にシンポジウムを開催することです。
シンポジウムの開催については、決まり次第ホームページでもお知らせする予定です。
また、ホームページ開設から、2006年末までにいただいた署名は、96件です。どうもありがとうございました。
(2007年 2月 1日 [木曜日])

バックナンバー
Powered by HL-imgdiary Ver.3.00
上へ